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ハートにモザイク

ライトに映ったシルエット

時には昔のはなしをしようか

7/11.12と戸塚祥太主演、「出発」を観劇してきました。

 
 
一言でいうと「戸塚祥太だった。」
 
 
 
失踪した父親を、「あんなことをしたから、わたしがこんなだから。」と責めながら帰りをただひたすら待ちわびる家族。でも実は父は東北に旅行に出かけていただけで、大騒ぎをしたため近所には言い出せず、家族が父を地下に住まわせているという。父親がそれ相当の理由で帰ってこれる環境を作ろうね、家族一眼となってがんばろうね、というお話。
 
 
父親が地下にいることは一幕の最後で明らかにされて、二回目の観劇の時はストーリーがわかっていたから、一幕の間に父親が玄関から戻ってくる機会を何度も用意していたのだなぁ、と気づいたのだけれど、いかんせん父親は地下にいるので帰ってこれるはずもなく。笑
 
原作をつかこうへいさんのサイトで拝見したのだけれど、オオサンショウウオや納豆売の件は原作からあったのね、*1
 
 
 
だいすきなシーンは父のひとり語り。
「わたし大宮の先に行ってみたかったんです。こどもの頃からの夢だったんです。」から始まり、
 久しぶりに大宮のおじさんの墓参りに行ったんです。あと15分、あと10分、小さい頃からの夢がふっと胸についてきたんです。そうだ、行ってみよう。大宮を突っ切ろう。あと3分、あと1分、もうだめだ。降りよう。でもわたし窓枠に必死につかまりました。目つぶりました。数を数えてみたんです。ひとつ、ふたつ、、、15,16、発車、やった。わたし全身に汗かいてたんです。初めての冒険だったんです。郡山でゆでたまごを2個食べたんです。おいしかったんです。
 
そっと布団に手足を伸ばしたんです。眠ってしまったんです。ふと心配になったんです。みんな探してるんじゃないだろうか。新聞読んでみたんです。誰も探してなかったんです。さびしかったんです。でも安心したんです。
 
明子さん、北の街の空は暗くないんです。青いんです。
 
わたし街に出てお土産買い込んだんです。もう誰にも文句は言わせねえ、口笛吹いたんです。夕暮れだったんです。
 
わたし、何ででしょう。靴脱いだんです。走ったんです。口笛吹いたんです。お別れの口笛だったんです。ちょっとさびしかったんです。
 
わたし、こんなに心配してくれていると思わなかったんです。わたし、うれしかったんです。わたし、幸せに思ったんです。
 
 
そして暗転になる。石丸さんのやわらかい口調で、特に「ゆでたまごを食べたんです。おいしかったんです。」がすごく印象に残っていて。
大宮を越えた父は口笛を吹く。俺は自由だと。そして靴を脱いで走ってまた口笛を吹く、今度はお別れの口笛を。わたしはここがよくわからなくて。自由になって、そして別れを告げる口笛を吹いたにも関わらずなぜいま家の地下にいるのか。もしくは自由な世界にお別れの口笛を吹いたのか。お土産を買って家に帰る、わたしの帰るべきは家なのだと、家族がいる場所なのだと。
だとしても最後の父の出発シーンはわからずじまいだった。*2
「さぁ、出発だ!父さんは後姿さ!いつだって!」
という一郎ちゃんのセリフで父は船に乗って出発するのだけれど、どこへ向かうのかさっぱりわからず。次のシーンでは家もなくなっているし。
「7つの海を駆け巡ってきた船乗りシンドバッド」というワードが何度か劇中に出てくるのだけれど、それも関係あるとしたならばやっぱり家に帰ってくるとは思えない。。。
 疑問点といえば死んだはずの義父も戻ってくるし、父は地下からでも富士山が見えるっていうし、「時には昔の話をしようか」とギターを抱え歌う戸塚くんに見ているときはきゃーってなってただけなのだけど、この歌詞も関係あるのかな?!なんでもないと思ってた一瞬の出来事にヒントが散りばめられていて完全にキャパオーバーです…
 
この「出発」という舞台は奥の細道の序文からはじまるのだけれど、
月日は百代という長い時間を旅していく旅人のようなものであり、その過ぎ去っていく一年一年もまた旅人なのだ。

船頭のように舟の上に生涯を浮かべ、馬子のように馬の轡を引いて老いていく者は日々旅の中にいるのであり、旅を住まいとするのだ。

どこに向かって「出発」したのかは問題ではなく、とにかくどこかへ「出発」したことが重要なのかな、そういうことにしよう。←
 
 
 
一郎ちゃんと戸塚祥太
 文頭で、一言でいうと「戸塚祥太だった。」と書いたのだけれど、わたしには一郎ちゃんは戸塚くんでしかなかった。

 演じることよりもその人がどう生きてきたか、その人間性を観客は見に来るのだと、言い続けたつか。その言葉を体現した戸塚の演技は、きっと天にいるつかを虜にさせたであろう。

とパンフレットに書かれていて。ちょうどダ・ヴィンチを読んだばっかりで、戸塚くんと戸塚くんのお父様の関係を重ねすぎたかもしれない。曲がったことは大嫌いで厳しくも愛情をたくさんかけて戸塚くんを育てられて、戸塚君もそのことを十分に感じてまさしくお父様の背中を見て育ってこられたのがひしひしと感じて。人一倍「家族」に関して思い入れがあるのだろうな。*3

 

 でも、だからこそ一郎ちゃんを演じることができたとも思っていて、平手打ちしたり、「女が男の言うことに口出すんじゃねぇ!」だとか「靴を出せ!」とかわたしだったらハァ???と言いかねない言葉を連発してくるのだけど笑
 
「愛の力は可能を不可能にするんだ。」と言い切ったり、
絶品なのはスーパーマンのシーンで、コートを羽織りキャリーケースを引いてどこかへ向かおうとする明子さんに対して俺はスーパーマンなんだって、俺はお前に笑顔を捧げるためにいるんだって、お前じゃないとだめなんだ、お前じゃないと力が出ないんだって。何もかも、お前の故郷も歴史も全部受け止めてやるから!この胸に受け止めてやるから!って。明子さんを見つめながらギターを弾く一郎ちゃんの目が優しくて甘くて誰よりも素敵な明子さんの旦那さんでした。
 
同時にとやっ!ちょっととやっ!って言いながら息を切らして飛び続ける一郎ちゃんに、えび座で
栄光と挫折が背中合わせになったこの世界でどんなに厳しい出来事がやってこようとも余すことなく楽しませていただきます!
と言い放った戸塚くんを重ながら、戸塚くんのファンにとっても戸塚くんはスーパーマンで飛ぼうとしている瞬間も、飛べないときも、飛べた瞬間もずっとずっと見てきたのだろうなぁ、戸塚くんのファンのひとはしあわせなんだろうなぁと誰やねんと言われそうな思いを胸に抱いていました。笑
 
 
あと何と言っても戸塚祥太は美しかった!もう本当に!笑*4
 

 
 横顔が見えるシーンが多くて、前髪をあげているからもろお顔が見えるわけで、ほんとこの髪型でいくって決めたひと天才かよ…と何度も思ってて笑
お母さんと六郎ちゃんとにこにこしながら椅子取りゲームをしていたり、蛾太郎さんのアドリブにお口ぷくーってしながら笑ってたり、セリフがつかえちゃったときにうんうんってうなづいていたり、汗でTシャツを濡らしながら飛び続けたり、(しかも体ががっしりしてるからTシャツがちょっとぴったりなの!!!!)*5、うつ伏せになって息を切らしてるシーンなんて色気髣髴しててほんと戸塚祥太恐ろしい…笑
 
最後のカテコで全体を見合わせて、カンパニーのみなさんとにこにこしていて、でも一瞬で顔をきりっとさせて、座長として深く頭を下げていた戸塚くんが本当に眩しかった。
 
 
わたしはつか作品は今回が初めてなので、好きだ苦手だなどは言えないのだけれど、考えれば考えるほどわからなくて、だからこそ魅力がある作品を作るかたなのだろうなぁ。
 
戸塚くんはどれだけの可能性を秘めているのだろう。もっともっと見てみたいな。そんな風に思わせてくれたこの作品に出会えてよかった。初座長、お見事でした!
 
 
 

*1:ニッキさんなんでこの件入れたの?ってずっと考えていた笑 いや、それにしてもこの件は必要…?必要だからあるのだろうけれど。

*2:わたしの理解不足なのだけれど

*3:男の子が欲しいって最近発言してたのも関係しているのだろうなぁ

*4:戸塚くんが美しいことはもはや常識なのだけれど

*5:お父さんが一郎ちゃんがこどもの頃に買ってあげたという設定もあるけれど