ハートにモザイク

ライトに映ったシルエット

それは恋とか愛とかの類ではなくて

ベランダに出ていた。祖母の家は神戸の夜景が一望できる高台の上に建っていた。まだ肌寒く、春が始まろうとしている季節だった。

祖母に呼ばれ部屋に戻った。やけに目が覚めていたわたしは何気無くテレビの電源を付けた。そこに彼がいた。このひとだと思った。運命だと思った。もう一度外に出た。世界が変わって見えた。12歳だった。それから、彼がわたしの全てだった。幼いながらも一生懸命恋をした。どんなに想っていても、この気持ちが届かないことはわかっていた。そんなことはどうでもよかった。わたしのものになることは、望んですらいなかったが、その代わりに誰のものにもならないで欲しかった。ならないと思っていた。勘違いを確信していた。彼は結婚した。15歳だった。

あまりに痛烈な出来事だった。涙すら出なかった。音楽番組で、おめでとうと言われ微笑んでいる姿があった。携帯の中はおめでとうが溢れていた。わたしにはその言葉がどうしても言えなかった。それっきり彼は家庭のことを口にはしなかった。指輪もしなかった。彼が口に出さない限り、わたしは旦那さんでもお父さんでもない、ポルノグラフィティの彼だけを見ることができるのだった。わたしはそれに甘んじた。全てを箱に詰めた。なかったことにした。そうするしかなかった。

それから、例えば彼氏やすきなひと、すきなアイドルはいても彼だけは特別だった。彼を目にすると12歳のときに抱いた熱はいつでも蘇ることができた。もう、それは恋とか愛とかの類ではなかった。

「あんたにとったらそこは地獄かもしらんよ。」出会ったひとに冗談めかしく言われた。本当のことなど見たくなかった、見たかった。知りたくなかった、知りたかった。今だと思った。怖かった。もう戻れないとわかっていた。それでもわたしは足を踏み入れざるを得なかった。壁一面に写真が貼ってあった。結婚式、入学式、親子写真、家族写真、たくさん貼ってあった。左手には指輪がしてあった。息子さんの眉毛がそっくりだった。当たり前だけれど、旦那さんで、お父さんな彼がそこにいた。心がきゅっと締め付けられた。けれどそれ以上に温かくなった。幸せでありますようにと思った。「おめでとう」と囁いた。やっと涙が出た。固く閉じていた箱はいつの間にか姿を消していた。わたしは21歳になっていた。